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東京地方裁判所 平成6年(特わ)2459号 判決

裁判所書記官

鈴木友慈

本籍

栃木県宇都宮市不動前三丁目八三〇番地

住居

東京都世田谷区砧四丁目一三番一五号シティハイツ砧三〇二号

無職(元弁護士)

鈴木信司

昭和一五年六月八日生

右の者に対する法人税法違反被告事件について、当裁判所は、検察官長島裕、弁護人山田宰(主任)、同小野寺昭夫、同佐々木敏雄各出席の上審理し、次のとおり判決する。

主文

被告人を懲役二年六月に処する。

この裁判確定の日から五年間右刑の執行を猶予する。

理由

(罪となるべき事実)

被告人は、東京都中央区築地二丁目一〇番二号に本店を置き、ゴルフ場の経営等を目的とする資本金七〇〇〇万円の株式会社である株式会社筑波学園ゴルフ倶楽部(以下「中央筑波」という)の顧問弁護士として、同会社の依頼を受けて法律事務を行っていたものであるが、同会社の代表取締役として同会社の業務全般を統括していた田邉俊雄及び同会社の経理担当社員徳持正雄と共謀の上、同会社の業務に関し、法人税を免れようと企て、同会社が全株式を所有していた子会社(同都豊島区東池袋一丁目一五番一号に本店を置き、ゴルフ場の経営等を目的とする資本金八〇〇〇万円の株式会社筑波学園ゴルフ倶楽部《以下「豊島筑波」という》)の発行済株式全てを千代田トレーディング株式会社(以下「千代田」という)に譲渡した際に、その株式の一部を田邉が所有し、同人がこれを譲渡したかのように仮装して株式譲渡契約書を作成し、株式譲渡益の一部を除外するなどの方法により所得を秘匿した上、平成二年一月一日から同年一二月三一日までの事業年度における中央筑波の実際所得金額が四一億九五三六万一四二八円(別紙1の修正損益計算書参照)であったにもかかわらず、確定申告書提出期限の延長処分による申告書提出期限内である平成三年三月二九日、同都中央区新富二丁目六番一号所在の所轄京橋税務署において、同税務署長に対し、その所得金額が三億一六五五万六九〇七円で、これに対する法人税額が五八七一万三一〇〇円である旨の虚偽の法人税確定申告書(平成七年押第八五号の1)を提出し、そのまま右期限を徒過させ、もって不正の行為により、同会社の右事業年度における正規の法人税額一六億一〇二三万五一〇〇円と右申告税額との差額一五億五一五二万二〇〇〇円(別紙2のほ脱税額計算書参照)を免れたものである。

(証拠の標目)

括弧内の甲乙の番号は、証拠等関係カード(検察官請求分)の証拠番号である。

一  被告人の当公判廷における供述

一  被告人の検察官に対する供述調書三通(乙29、30、33)

一  分離前の相被告人田邉俊雄の検察官に対する供述調書一六通(乙2ないし4、6、10、15ないし20、22、23、25ないし27)

一  徳持正雄の検察官に対する供述調書八通(甲11、13、15ないし20)

一  高梨彰(二通=甲22、25)、松山邦雄(四通=甲28ないし31)、高橋良忠(六通=甲34ないし37、39、41)、磯部早夫(甲42)、吉田秀勝(二通)、倉嶌幸典及び細野千惠子の検察官に対する各供述調書

一  大蔵事務官作成の有価証券売却収入調査書、有価証券売却原価調査書、有価証券売却益調査書、支払手数料調査書、租税公課調査書、雑費調査書、受取利息調査書及び損金の額に算入した道府県民税利子割調査書

一  検察事務官作成の捜査報告書

一  登記官作成の商業登記簿謄本

一  押収してある法人税確定申告書一袋(平成七年押第八五号の1)

(法令の適用)

※以下の「刑法」は、平成七年法律第九一号による改正前のものである。

被告人の判示所為は刑法六五条一項、六〇条、法人税法一五九条一項(ただし、罰金刑の寡額については、刑法六条、一〇条により平成三年法律第三一号による改正前の罰金等臨時措置法二条一項による)に該当するので、所定刑中懲役刑を選択し、その所定刑期の範囲内で被告人を懲役二年六月に処し、情状により刑法二五条一項を適用してこの裁判確定の日から五年間右刑の執行を猶予することとする。

(量刑の理由)

本件は、ゴルフ場を経営していた中央筑波の顧問弁護士であった被告人が、同会社の代表取締役田邉俊雄及び経理担当社員徳持正雄と共謀の上、同会社が子会社の豊島筑波の株式一、六〇〇株全てを千代田に譲渡した際に、そのうちの一、二〇〇株を田邉個人が所有し、同人がこれを譲渡したかのように仮装して株式譲渡契約書を作成するなどの方法により中央筑波の所得を三八億七〇〇〇万円余り少なく見せかけ、一事業年度で一五億五〇〇〇万円余りの法人税を免れたという事案であるが、そのほ脱額は単年度ながら稀にみる高額なものである上、ほ脱率も約九六・三五パーセントという高率に達している。被告人が本件犯行に加功した経緯及び態様にみるに、田邉は昭和五九年ころ、それまで休眠中であった中央筑波(ただし、従前は別商号であった)の事業再開を企図し、同会社は昭和六三年一〇月ころ、茨城県西茨城郡岩瀬町においてゴルフ場の開設にこぎつけたが、この間、被告人は、田邉の依頼を受けて、法律事務の処理のほか融資や用地買収の交渉等も担当し、その報酬として四億円の支払を受けることになっていた。被告人は、右報酬のうち二、三千万円の支払を受けたのみであったところ、平成元年一〇月ころ、田邉から、栃木県佐野市内でゴルフ場開発を進めていた豊島筑波の全株式を千代田へ六〇億円で売却するが、ゴルフ場が完成しなかった場合に備えて金銭消費貸借契約(以下「金消契約」という)の体裁をとりたいので、その旨の契約書を作成してほしいと依頼された(その際、田邉は豊島筑波の株式は自分のものであると言っていたが、被告人は、田邉の言動等から、右株式は中央筑波の所有かもしれないと思い、その後次第に中央筑波の所有である可能性が大きいと考えるようになっていった)。被告人は、株式譲渡収入を除外することになるので躊躇したが、田邉の依頼を断ればその性格等からして未払報酬を支払ってくれなくなるかもしれないと考え、六〇億円の金消契約書案を作成した。その後も、被告人は、その時々の田邉の依頼を受けて、金消契約書と組み合わせた株式譲渡契約書、譲渡株式の一部が田邉の所有であることを前提とした株式譲渡契約書等を作成した。さらに、平成二年一一月ころからは、千代田とのいわゆるペナルティー問題(右株式譲渡に際しては、豊島筑波が開発を進めていたゴルフ場の用地買収を中央筑波側が行う旨の条件が付されていたが、中央筑波側がこれに違反したことから、千代田にどのくらいの金額を支払うなどするかという問題)の交渉も担当し、最終的には平成三年二月下旬ころ、法人と個人とでは株式売却益に対する税率が異なることに着目し、田邉が一、二〇〇株、中央筑波が四〇〇株を代金合計五六億円で譲渡する旨の平成元年一二月二六日付け株式譲渡仮契約書及び平成二年一月八日付け株式譲渡契約書、更には、右ペナルティー交渉の結果、水増し分も含め株式の譲渡代金を一株当たり七五万円減額する旨の同年一一月一六日付け合意書を作成して調印を受け、これらを従前に調印された仮装契約書等と差し替えるなどした。このように被告人は、社会正義の実現を使命とする弁護士の立場にありながら、その専門知識を利用して本件犯行に加功し、株式の帰属を偽った株式譲渡契約書やペナルティーの金額や合意の成立時期を偽った合意書を作成して、中央筑波の株式譲渡益の除外・圧縮を図ったのであって、本件において重要な役割を果たした上、被告人が本件犯行に加功したのは、従前からの未払報酬の支払を受けるという自らの利益のためでもある(弁護人は、被告人は幇助犯である旨主張するが、右のような役割・動機等からして被告人は正犯としての責任を免れないところである)。さらに、被告人は、平成元年一二月と平成二年五月に中央筑波側から各五〇〇〇万円を受領しているほか、平成三年二月にはペナルティー交渉の相手の千代田から、自らが管理する預金口座(知人が経営する会社の名義)に一億円の入金を受けているのであって、この点でも犯情は芳しくない。加えて、本件が弁護士に対する社会的信頼を著しく失墜させたという点も軽視することはできない。

他方、被告人は、当初、田邉から金消契約書の作成等所得秘匿工作とも目される仕事の依頼を受け、不本意ながらも未払報酬の支払を受けられなくなることを危惧してこれに応じたため、その後も再三にわたる田邉の依頼を断ることができずに本件犯行に加功するに至ったものであり、被告人自身は本件の納税義務者ではなく、本件確定申告書の作成提出自体にも関与していないのであって、被告人が本件犯行において主導的立場にあったとはいえない。被告人は、前記のとおり、中央筑波側から合計一億円の報酬を得ているが、これらは従前の未払報酬の支払という性格をも帯びており、純粋な脱税報酬であるとはいえないし、千代田からの一億円の使途については、詳細を確定することはできないものの(被告人は公判において、そのうちの一八〇〇万円を自ら費消したことは認めている)、かなりの部分は前記口座の名義会社の経営者において使用しているものと窺われる。被告人は、国税当局の指導に従って、右の合計二億円を自己の所得として認め、平成元年分から平成三年分の所得税について修正申告をし、自己所有の別荘を一八〇〇万円で売却し、その代金全額をその納税に充てるなどしている。被告人は、公判においても基本的には事実関係を認め、弁護士の職にある者としての自覚を欠いていたことを痛感すると述べ、本件を反省悔悟している。被告人は、大学卒業後も勉学を続けて司法試験に合格し、昭和四六年四月から弁護士として活動しており、もとより前科前歴もなかったものであるが、本件が発覚して逮捕勾留され、しかも、弁護士が関与した巨額脱税事件として本件が大きく報道されたため、それまで築き上げてきた社会的信用を失うなど既にかなりの社会的制裁を受けている上、起訴前の勾留中に所属弁護士会に退会届を提出して弁護士登録を抹消され、保釈後は自宅において謹慎生活を送っている。加えて、被告人の身を案ずる家族がいること、先輩あるいは同期の弁護士が被告人の更生に助力する意向であることなど被告人のために酌むべき事情も認められる。

以上のほか、一切の情状を総合考慮すると、弁護士の使命を忘れて巨額脱税事犯に加功した被告人の刑事責任は相当に重いといわざるを得ないが、被告人は主導的立場にはなかったことや本件の発覚により被告人が失ったものが大きいことなどの諸事情も存するので、被告人を実刑に処することは躊躇され、被告人を主文の懲役刑に処するとともに、その刑の執行を猶予するのが相当であると判断した次第である。

よって、主文のとおり判決する。

(求刑 懲役二年六月)

(裁判長裁判官 安廣文夫 裁判官 中里智美 裁判官 飯畑勝之)

別紙1

修正損益計算書

〈省略〉

別紙2

ほ脱税額計算書

〈省略〉

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